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VOL3.「師匠という存在」

私が小学校2年生の時に、父が日本舞踊の教室を開校。
師範名は藤間勘寿鵬・・・・。
”藤間流”本家の最後の師範だったので、結構、由緒ある存在だったようだ。
(もちろん、分家は今でも、多数、健在!)

日本舞踊の師匠は、作曲家に似た存在のようだ。
作曲家は伝えたいことをメロディにして、歌い手にその表現を託す。
日本舞踊の師匠は伝えたいことを体の動きにして、
弟子たちにその表現を託す。

舞踊の世界では、
人間の喜怒哀楽を身振り手振りだけで表現する。
季節の移り変わりを身振り手振りだけで表現する。
声に出すこともなく、表情さえも変えない。
せいぜい、使う道具と言えば、扇子とか傘ぐらい・・・。

師匠は弟子たちのレベル・特徴に合わせて、曲を選択して、
振り付けを考えて、それを教える。
しかも、弟子たちは千差万別だから、
それぞれの個性を活かさなければいけない。
弟子たちが最大限輝くように・・・。

つまり、あるべき論を一様に押し付けるのではなく、
師匠は、弟子たちの1人1人の個性、
”個の花”を咲かせてあげなければいけない。

1人1人の弟子を最大限輝かせるにはどうしたら良いか?
”個の花”を咲かせてあげるにはどうしたら良いか?

師匠は悩むようである。
なにしろ、藤間勘寿鵬には、
ピーク時に100人を超える弟子たちがいたのだから。

そして、1人1人が最大限輝いた時に、
観客にもそれが伝わり、最大限の感動を与えられるのだろう。

私の姉と弟は、父の舞踊の手ほどきを受けたが、
なぜか、私は舞踊の経験は一切ない。

おそらく、私が相当嫌がったのだろう。

「これをやれ!」と言われたら、敢えて「絶対にやらない!・・・・・」、
生まれつきの性格。
他人の真似が嫌いな性格。

私は舞踊の経験は全くない。
でも・・・・・・・、
DNAなのであろうか?、
なぜか、これぐらいのことは分かる・・・。