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2006年11月29日

VOL13.「本当にありがたい・・・」

私が環境ビジネスコンサルティングの準備に着手し始めたのが2000年頃。
今でこそ、「環境ビジネスはこれからのビジネス!」と言われているが、
当時は、今ほど「環境!」「環境!」と言われていなかった

まず最初に手掛けたのは、WEB構築の準備。
これからのコンサルティングビジネスは、
ツールとしてのWEBが不可欠と思ったからだ。

これまた今でこそ、WEBは当たり前になっているが、
当時のWEBは、まだ、一部のプロたちのツールというイメージで、
コンサルティングビジネスにおいて、WEBを活かし切っている企業はなかった。

そして、生まれたのが、環境ビジネスのポータルサイトeco-webnet.com。
環境ビジネスに関するマッチングサイトである。
http://www.eco-webnet.com/

次に考えたのは人材の採用である。
これから新しい仕掛けに向けて拡大していくには、
いくら頑張っても1人では大きく出来ない。
仲間がいなければ・・・。
仲間が欲しい・・・。
そう思った。

そこで、既存社員ではなく、敢えて”全く白紙状態の新規人材”を採用した。

1人、2人、3人・・・・・。
徐々に増えていった。

面接はすべて、私が直接行い、即決。
迷うことなく採用・不採用を即決した。

もちろん、コンサルティング会社なので、誰でも出来る業務ではない。
ましてや、船井総研は激務の会社。
今思えば、良く来てくれたものだ。

1年経って揃った仲間は7人。
2年後には、部下が20人になった。
3年後には30人を超えた。
順調に増えた。
そして、今では60人を超えるようになった。
(今では、環境ビジネス以外の部門も受け持つようになっている。)

そして、実はもっと嬉しいことがある。
昔、同じ部署で仕事をした部下たちが、
今、また私の部署に来ている。

当時、自分の部署を勝手に1人で抜け出して、
勝手に新しい組織を作った。

その間に、彼らは1段も2段も大きく成長していた。
そして、彼らも彼らなりに新しいマーケットを求めて、
当時の私と同様に、引越しをして、部署移動をして、
大阪から東京に移ってきた。

そういう彼らと、今、4年ぶりに組織を共にしている。


嬉しい!

本当にありがたい!
実に良いメンバーに恵まれた!
自分は幸せな人間だ!

そう断言できる!

新しい仕掛けに必要だったもの・・・・、

「WEBの構築」と「人材の確保」。
「ネットの力」と「人間の力」。
「バーチャル」と「リアル」。
「システム性」と「人間らしさ」。


いずれも必要。
いずれも不可欠な要素。


今、完全に新しい方向性が見えている!!

VOL13.「本当にありがたい・・・」

私が環境ビジネスコンサルティングの準備に着手し始めたのが2000年頃。
今でこそ、「環境ビジネスはこれからのビジネス!」と言われているが、
当時は、今ほど「環境!」「環境!」と言われていなかった

まず最初に手掛けたのは、WEB構築の準備。
これからのコンサルティングビジネスは、
ツールとしてのWEBが不可欠と思ったからだ。

これまた今でこそ、WEBは当たり前になっているが、
当時のWEBは、まだ、一部のプロたちのツールというイメージで、
コンサルティングビジネスにおいて、WEBを活かし切っている企業はなかった。

そして、生まれたのが、環境ビジネスのポータルサイトeco-webnet.com。
環境ビジネスに関するマッチングサイトである。
http://www.eco-webnet.com/

次に考えたのは人材の採用である。
これから新しい仕掛けに向けて拡大していくには、
いくら頑張っても1人では大きく出来ない。
仲間がいなければ・・・。
仲間が欲しい・・・。
そう思った。

そこで、既存社員ではなく、敢えて”全く白紙状態の新規人材”を採用した。

1人、2人、3人・・・・・。
徐々に増えていった。

面接はすべて、私が直接行い、即決。
迷うことなく採用・不採用を即決した。

もちろん、コンサルティング会社なので、誰でも出来る業務ではない。
ましてや、船井総研は激務の会社。
今思えば、良く来てくれたものだ。

1年経って揃った仲間は7人。
2年後には、部下が20人になった。
3年後には30人を超えた。
順調に増えた。
そして、今では60人を超えるようになった。
(今では、環境ビジネス以外の部門も受け持つようになっている。)

そして、実はもっと嬉しいことがある。
昔、同じ部署で仕事をした部下たちが、
今、また私の部署に来ている。

当時、自分の部署を勝手に1人で抜け出して、
勝手に新しい組織を作った。

その間に、彼らは1段も2段も大きく成長していた。
そして、彼らも彼らなりに新しいマーケットを求めて、
当時の私と同様に、引越しをして、部署移動をして、
大阪から東京に移ってきた。

そういう彼らと、今、4年ぶりに組織を共にしている。


嬉しい!

本当にありがたい!
実に良いメンバーに恵まれた!
自分は幸せな人間だ!

そう断言できる!

新しい仕掛けに必要だったもの・・・・、

「WEBの構築」と「人材の確保」。
「ネットの力」と「人間の力」。
「バーチャル」と「リアル」。
「システム性」と「人間らしさ」。


いずれも必要。
いずれも不可欠な要素。


今、完全に新しい方向性が見えている!!

2006年11月23日

VOL12.「本来の自分」

入社以来ずっと、
一般的な業界、つまり、小売業・サービス業・製造業界向けに
業績向上・売上利益UPや人事・組織体制の整備というテーマで
コンサルティングをしてきた。
そして、環境ビジネスに関するコンサルティングへシフトしようと
目覚めたのが2000年ごろ。
入社約10年後の時である。

誰から聞いたわけでもなく、
何かの書籍を読んだわけでもなく、
ましてや、インターネットで調べたわけでもない。
何しろ、“環境ビジネスコンサルティング”という言葉は、
その当時、無かったのだから・・・・・。
どれぐらいのマーケットがあるかなど、正直、知らなかった。

”自分の感覚”だけが頼り。
”自分の本能”に賭けてみた。

ところで、当時の私は、船井総研の中でグループマネージャーという立場で、
約40人の部下がいた。

生まれつき、私は一匹狼的なタイプ。
協調とか、共同とか、そういうものが全く苦手なタイプ。
どちらかと言うと、むしろ和を乱すタイプ。
ましてや、他人様の上に立って管理するなどということは一番嫌いな仕事。
自分自身、管理されるのが嫌いな人間。
だから、「どうして他人様を管理できるか!」というのが本音。
でも、組織上そういう立場になってしまった。
(今思っても、当時の部下は本当に優秀だった。
マネージャーの私がこんな人間なのに、業績は良かったのだから。)

ただし、新しいマーケット(環境ビジネスコンサルティング)を
これから切り開いていこうと決めてからは、
正直言って、組織の長であることが邪魔になってきた。

もう一度、たった1人になって、身も心もゼロからの出発をしたい!
そう思うようになった。

グループマネージャーという立場を捨て、
組織上も駆け出しのコンサルタントの立場で始めよう!
そう思った。

の立場に案住していてはダメ!
逃げ帰る場所があってはダメ!
そんな気持ちでは新しいマーケットは開拓できない!
自分で自分にリスクを掛けよう!

そう強く思った。

立場というか、肩書きに縛られて、
自分の思いに背くことはしたくなかった。
そして、新しいマーケットを作り上げるには、
全員、全く新しいメンバーでやっていこうと思った。
私自身、身も心もゼロにするので、メンバーも既存社員ではなく、
新しく採用してゼロから育て上げよう!
そう思った。

そこで、社長(当時、副社長)と専務(当時、本部長)に
これまでの私の気持ちを伝えて、その上で、降格志願をした。
降格志願ということは、降給志願でもある。
要は、給料を落としてくれ!と。
当たり前だが、名刺にもグループマネージャーという肩書きは消える。
形式上、駆け出しのコンサルタントと同じ。

本当に、社長・専務は懐が深い。
私の性格・性分も理解していて、了承して頂いたのである。

もともと形式とか、肩書きとかには全く疎い人間なので、
本音を言えば、本当にスッキリした。

さらに、住んでいる場所を変えよう!と思った。
当時、私は大阪に住んでいたのだが、
東京に住所を移した。
妻と子供2人と一緒に、住所まで変えた。
大阪から東京の移動ということなので、部署も変わった。

立場や職位を捨てた。
給料も下がった。
部署も変えた。
住所(私生活)も変えた。
それまで本当に気心の分かった顔馴染みの社員とも離れた。

”全くのゼロ・・・・・”。

しかし、不思議なことに全く不安は無かった。
将来への希望しかなかった。
なぜだろう・・・・・?


これが私の念願の姿だったからだ。

本来の自分・・・・・・。

実は、このブログのサブタイトルにもなっている・・・・・。

「完成されたものに興味はない!常に未知に挑む開拓者でありたい!」

入社して10年、やっと本来の自分に戻れた。

VOL12.「本来の自分」

入社以来ずっと、
一般的な業界、つまり、小売業・サービス業・製造業界向けに
業績向上・売上利益UPや人事・組織体制の整備というテーマで
コンサルティングをしてきた。
そして、環境ビジネスに関するコンサルティングへシフトしようと
目覚めたのが2000年ごろ。
入社約10年後の時である。

誰から聞いたわけでもなく、
何かの書籍を読んだわけでもなく、
ましてや、インターネットで調べたわけでもない。
何しろ、“環境ビジネスコンサルティング”という言葉は、
その当時、無かったのだから・・・・・。
どれぐらいのマーケットがあるかなど、正直、知らなかった。

”自分の感覚”だけが頼り。
”自分の本能”に賭けてみた。

ところで、当時の私は、船井総研の中でグループマネージャーという立場で、
約40人の部下がいた。

生まれつき、私は一匹狼的なタイプ。
協調とか、共同とか、そういうものが全く苦手なタイプ。
どちらかと言うと、むしろ和を乱すタイプ。
ましてや、他人様の上に立って管理するなどということは一番嫌いな仕事。
自分自身、管理されるのが嫌いな人間。
だから、「どうして他人様を管理できるか!」というのが本音。
でも、組織上そういう立場になってしまった。
(今思っても、当時の部下は本当に優秀だった。
マネージャーの私がこんな人間なのに、業績は良かったのだから。)

ただし、新しいマーケット(環境ビジネスコンサルティング)を
これから切り開いていこうと決めてからは、
正直言って、組織の長であることが邪魔になってきた。

もう一度、たった1人になって、身も心もゼロからの出発をしたい!
そう思うようになった。

グループマネージャーという立場を捨て、
組織上も駆け出しのコンサルタントの立場で始めよう!
そう思った。

の立場に案住していてはダメ!
逃げ帰る場所があってはダメ!
そんな気持ちでは新しいマーケットは開拓できない!
自分で自分にリスクを掛けよう!

そう強く思った。

立場というか、肩書きに縛られて、
自分の思いに背くことはしたくなかった。
そして、新しいマーケットを作り上げるには、
全員、全く新しいメンバーでやっていこうと思った。
私自身、身も心もゼロにするので、メンバーも既存社員ではなく、
新しく採用してゼロから育て上げよう!
そう思った。

そこで、社長(当時、副社長)と専務(当時、本部長)に
これまでの私の気持ちを伝えて、その上で、降格志願をした。
降格志願ということは、降給志願でもある。
要は、給料を落としてくれ!と。
当たり前だが、名刺にもグループマネージャーという肩書きは消える。
形式上、駆け出しのコンサルタントと同じ。

本当に、社長・専務は懐が深い。
私の性格・性分も理解していて、了承して頂いたのである。

もともと形式とか、肩書きとかには全く疎い人間なので、
本音を言えば、本当にスッキリした。

さらに、住んでいる場所を変えよう!と思った。
当時、私は大阪に住んでいたのだが、
東京に住所を移した。
妻と子供2人と一緒に、住所まで変えた。
大阪から東京の移動ということなので、部署も変わった。

立場や職位を捨てた。
給料も下がった。
部署も変えた。
住所(私生活)も変えた。
それまで本当に気心の分かった顔馴染みの社員とも離れた。

”全くのゼロ・・・・・”。

しかし、不思議なことに全く不安は無かった。
将来への希望しかなかった。
なぜだろう・・・・・?


これが私の念願の姿だったからだ。

本来の自分・・・・・・。

実は、このブログのサブタイトルにもなっている・・・・・。

「完成されたものに興味はない!常に未知に挑む開拓者でありたい!」

入社して10年、やっと本来の自分に戻れた。

2006年11月19日

VOL11.「本来の自分との出会い!」

船井総研に入社して8〜9年目のことである。

比較的、順風満帆にやってきたが、
それまでの仕事の領域と言うか、仕事のスタイルと言うか、
そういうものを「よし、変えよう!」と決心した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒトには3種類あると思う。
周りが変わる前に、自ら変化するヒト。
周りが変われば、それに従い変わるヒト。
周りが変わっても、自らは変化せずに従来の自分を踏襲するヒト。

私は、完全に、

周りが変わる前に自ら変化するタイプ

だから、他人から見れば、不思議に見える場合が多々ある。
「菊池の言っていることは良く分からない・・・」
と、よく言われるものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、「よし、変えよう!」と心に決めても、
何を変えるのか?何に変えるのか?は決まっていなかった。

カッコ良く言えば、
サッカーの中田英ではないが、「自分探し」である。

それまでのコンサルティングスタイルに満足できないのは、
なぜなんだろう?
自分の追い求めているものは何なんだろう?

環境ビジネス・・・・
エコロジービジネス・・・・

このキーワードが、一瞬、頭の中をかすめた。

「よし、コレだ!」
「オレのやりたいことは、コレだ!」
「コレなら、行ける!」

当時は、現在のように、そのような言葉・定義はなかった。
だから、このキーワードがフッと頭の中をめぐっても、
まだ具体的なイメージは持てずにいたが、
強烈なトキメキを感じた。

一目惚れの彼女にでも会ったかのように・・・。

かなり、大袈裟に言えば、「運命の出会い」

本来の自分との出会い・・・

私は、
利益至上主義よりも、

環境共生主義

競争主義よりも、

非競争共生主義

本来は、そのような人間。

やっと自分の道を見つけた!
そう感じた。

※ここで、「菊池功ブログ」のバックナンバーVOL1を見て欲しい

VOL11.「本来の自分との出会い!」

船井総研に入社して8〜9年目のことである。

比較的、順風満帆にやってきたが、
それまでの仕事の領域と言うか、仕事のスタイルと言うか、
そういうものを「よし、変えよう!」と決心した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヒトには3種類あると思う。
周りが変わる前に、自ら変化するヒト。
周りが変われば、それに従い変わるヒト。
周りが変わっても、自らは変化せずに従来の自分を踏襲するヒト。

私は、完全に、

周りが変わる前に自ら変化するタイプ

だから、他人から見れば、不思議に見える場合が多々ある。
「菊池の言っていることは良く分からない・・・」
と、よく言われるものだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、「よし、変えよう!」と心に決めても、
何を変えるのか?何に変えるのか?は決まっていなかった。

カッコ良く言えば、
サッカーの中田英ではないが、「自分探し」である。

それまでのコンサルティングスタイルに満足できないのは、
なぜなんだろう?
自分の追い求めているものは何なんだろう?

環境ビジネス・・・・
エコロジービジネス・・・・

このキーワードが、一瞬、頭の中をかすめた。

「よし、コレだ!」
「オレのやりたいことは、コレだ!」
「コレなら、行ける!」

当時は、現在のように、そのような言葉・定義はなかった。
だから、このキーワードがフッと頭の中をめぐっても、
まだ具体的なイメージは持てずにいたが、
強烈なトキメキを感じた。

一目惚れの彼女にでも会ったかのように・・・。

かなり、大袈裟に言えば、「運命の出会い」

本来の自分との出会い・・・

私は、
利益至上主義よりも、

環境共生主義

競争主義よりも、

非競争共生主義

本来は、そのような人間。

やっと自分の道を見つけた!
そう感じた。

※ここで、「菊池功ブログ」のバックナンバーVOL1を見て欲しい

2006年11月18日

VOL10.「よし!変えよう!」

船井総研に入社して数年間、
貪欲にガツガツ仕事をやった。

経営コンサルタントとして、
一般的な小売業・卸売業・製造業・サービス業の業界の、
クライアントの業績を上げることが正義!
クライアントの売上利益を上げることが一番!
クライアントの業績UPこそが、最高の幸せ!
そう思って、経済性優先で、クライアントのコンサルティングを行っていた。
環境の「か」の字も考えずに・・・。

そして、多くの実績を残すことが出来た。
と同時に、ありがたい事に船井総研社内でのポジショニングも自然に?上がっていった。

しかし、いつしか何か物足りなさを感じてくるようになった。

入社して8〜9年経った頃である。

実績を残しているはずなのに・・・・・、

「何か、違うなあ・・・・・」
「このままのことを継続して行っても、何か先が見えない・・・・・」
「オレの目指しているものは今の延長線上に無いのでは・・・・・?」
「本当にオレがやりたいことは違うことでは・・・・・?」
「将来の方向性を変えなければ!」

実績を残しているはずなのに、このように漠然と感じてきた。

誰かからのアドバイス?
「いや、違う!」

何かの本で読んだ?
「それも違う!」

ネットからの情報?
「もちろん、そんなものではない!」

自問自答である。

自分の心の中から沸々と自然に湧いてきた叫び?・・・・・

使命?

「よし!変えよう!」
そう決心した!

でも、何を変えるのか?何に変えるのか?は決まっていなかった。
「変える!」ことだけを決めてみた。


(次号に続く・・・)

VOL10.「よし!変えよう!」

船井総研に入社して数年間、
貪欲にガツガツ仕事をやった。

経営コンサルタントとして、
一般的な小売業・卸売業・製造業・サービス業の業界の、
クライアントの業績を上げることが正義!
クライアントの売上利益を上げることが一番!
クライアントの業績UPこそが、最高の幸せ!
そう思って、経済性優先で、クライアントのコンサルティングを行っていた。
環境の「か」の字も考えずに・・・。

そして、多くの実績を残すことが出来た。
と同時に、ありがたい事に船井総研社内でのポジショニングも自然に?上がっていった。

しかし、いつしか何か物足りなさを感じてくるようになった。

入社して8〜9年経った頃である。

実績を残しているはずなのに・・・・・、

「何か、違うなあ・・・・・」
「このままのことを継続して行っても、何か先が見えない・・・・・」
「オレの目指しているものは今の延長線上に無いのでは・・・・・?」
「本当にオレがやりたいことは違うことでは・・・・・?」
「将来の方向性を変えなければ!」

実績を残しているはずなのに、このように漠然と感じてきた。

誰かからのアドバイス?
「いや、違う!」

何かの本で読んだ?
「それも違う!」

ネットからの情報?
「もちろん、そんなものではない!」

自問自答である。

自分の心の中から沸々と自然に湧いてきた叫び?・・・・・

使命?

「よし!変えよう!」
そう決心した!

でも、何を変えるのか?何に変えるのか?は決まっていなかった。
「変える!」ことだけを決めてみた。


(次号に続く・・・)

2006年11月15日

VOL9.「下棲み時代を経て・・・」

私が船井総研に入社したのは、
名古屋大学工学部原子核工学科を卒業した年の1990年。

入社してしばらくは、いわゆる、下棲み生活。
新卒で入ってすぐにコンサルティングなど出来る訳はない。
先輩コンサルタントの仕事の裏方役として、数多くの現場調査をして、
膨大な調査資料を作成したり、
何万データという気の遠くなるようなデータの整理をした。
そして、先輩コンサルタントの指示を受けて、
コンサルティグレポートを書き上げて、クライアントに提供した。

船井総研のコンサルタントは本当に良く働く。
特に、キャリアの浅い駆け出しの若手は、まだまだ、実績がなく、
質では勝負できないので、量で頑張るしかない。
それこそ、365日24時間頑張ります!という感じ。
徹夜など当たり前!土日など関係なし!
もちろん、すべては自己研鑽。
すべてが自分の為の勉強
自らのキャリアアップの為の勉強。
自分の将来の為の投資である
先輩からの命令で働くという感じではなく、
自らのキャリアアップ・スキルアップの為には、
時間と量で頑張るしかない。
他人より1年でも2年でも、
それこそ、1日でも2日でも早く成長する為である。
自分で決断して、自分で仕事(勉強)をしていく

だから、一にも二にも、体力が必要。
頭は二の次、三の次と言ってもいいかも?しれない。

若手の下棲み時代の十数年前は、
私自身、環境関連には全くタッチしていなかった。
まあ、世の中の流れ的にも、
環境ビジネスという言葉さえも無かった時代だ。

当時の私は、小売業・卸売業・サービス業といった業界の
コンサルティングを担当していた。
小売業・卸売業・サービス業・製造業といった業界のクライアントに対して、
「いかに新規顧客を開拓するか?」
「固定客はどうやって作るか?」
「広告宣伝は何をすべきか?」
「いかに売上利益を上げていくか?」・・・・・、
というテーマ、つまり、集客UP・売上UP・利益UPの
マーケティングコンサルティングがメインであった。

“環境”とか、“エコロジー”とは全く無縁。
クライアントの“売上”“利益”“儲け”を上げる為の
ノウハウを徹底的に研究してコンサルティングした。
クライアントの売上・利益・儲けを上げる為には何でもやった。
売上・利益・儲けを上げることこそが正義と思っていた
そして、多くの成功事例と実績を作り上げることが出来た。

さらには、企業の経営計画や人事制度・給与体系、組織体制、
内部システム、あるいは、幹部研修や営業マン教育等の
マネジメントコンサルティングでも実績を残せるようになってきた。

そして、それこそ破竹の勢いで、
船井総研の中でもトップコンサルタントの仲間入りをすることができた。

しかし、今考えると、ゾッとする。
とにかく、利益性追求!経済性優先!で、
“環境”“エコロジー”という概念は全く無視していたのだから・・・・・

ところが、やがて、そういう私にも心の中の転機が訪れてきた・・・・・・。

(次回に続く)

VOL9.「下棲み時代を経て・・・」

私が船井総研に入社したのは、
名古屋大学工学部原子核工学科を卒業した年の1990年。

入社してしばらくは、いわゆる、下棲み生活。
新卒で入ってすぐにコンサルティングなど出来る訳はない。
先輩コンサルタントの仕事の裏方役として、数多くの現場調査をして、
膨大な調査資料を作成したり、
何万データという気の遠くなるようなデータの整理をした。
そして、先輩コンサルタントの指示を受けて、
コンサルティグレポートを書き上げて、クライアントに提供した。

船井総研のコンサルタントは本当に良く働く。
特に、キャリアの浅い駆け出しの若手は、まだまだ、実績がなく、
質では勝負できないので、量で頑張るしかない。
それこそ、365日24時間頑張ります!という感じ。
徹夜など当たり前!土日など関係なし!
もちろん、すべては自己研鑽。
すべてが自分の為の勉強
自らのキャリアアップの為の勉強。
自分の将来の為の投資である
先輩からの命令で働くという感じではなく、
自らのキャリアアップ・スキルアップの為には、
時間と量で頑張るしかない。
他人より1年でも2年でも、
それこそ、1日でも2日でも早く成長する為である。
自分で決断して、自分で仕事(勉強)をしていく

だから、一にも二にも、体力が必要。
頭は二の次、三の次と言ってもいいかも?しれない。

若手の下棲み時代の十数年前は、
私自身、環境関連には全くタッチしていなかった。
まあ、世の中の流れ的にも、
環境ビジネスという言葉さえも無かった時代だ。

当時の私は、小売業・卸売業・サービス業といった業界の
コンサルティングを担当していた。
小売業・卸売業・サービス業・製造業といった業界のクライアントに対して、
「いかに新規顧客を開拓するか?」
「固定客はどうやって作るか?」
「広告宣伝は何をすべきか?」
「いかに売上利益を上げていくか?」・・・・・、
というテーマ、つまり、集客UP・売上UP・利益UPの
マーケティングコンサルティングがメインであった。

“環境”とか、“エコロジー”とは全く無縁。
クライアントの“売上”“利益”“儲け”を上げる為の
ノウハウを徹底的に研究してコンサルティングした。
クライアントの売上・利益・儲けを上げる為には何でもやった。
売上・利益・儲けを上げることこそが正義と思っていた
そして、多くの成功事例と実績を作り上げることが出来た。

さらには、企業の経営計画や人事制度・給与体系、組織体制、
内部システム、あるいは、幹部研修や営業マン教育等の
マネジメントコンサルティングでも実績を残せるようになってきた。

そして、それこそ破竹の勢いで、
船井総研の中でもトップコンサルタントの仲間入りをすることができた。

しかし、今考えると、ゾッとする。
とにかく、利益性追求!経済性優先!で、
“環境”“エコロジー”という概念は全く無視していたのだから・・・・・

ところが、やがて、そういう私にも心の中の転機が訪れてきた・・・・・・。

(次回に続く)

2006年11月12日

VOL8.「経営コンサルタントであり、環境ビジネスコンサルタントである」

「他の環境コンサルさんと何が違うのですか?」

環境業界にいると、
まだ、船井総研をご存知でない方からこのようなご質問を受けることが多い。
環境ISOや環境アセスのコンサルタントの方々と同様に見えるのかも知れない。
あるいは、マッチング(紹介)専門の方々と同様に見えてしまうのかも知れない。

その場合、私は決まってこう言う。
「私は、経営コンサルタントです。
そして、環境業界に特化して、企業経営のコンサルティングを行っています。」

私が言う経営コンサルティングとは、
当たり前ではあるが、企業経営に関するコンサルティングのことであり、
財務や人事・教育・研修等のマネジメント
さらには、営業・販売・売り方等のマーケティング
さらには、企業提携・事業提携・M&A・上場等に関する
コンサルティングのことである。

以上のようなテーマについて、
環境業界に特化してコンサルティングしている。

経営も知らないといけないし、
環境業界にも精通していなければいけない。

世の中には、
経営コンサルタントは数多い。
環境コンサルタントも数多い。

しかし、
経営コンサルタントであり、かつ、環境ビジネスコンサルタントである
という考え方は、船井総研にしかいないだろう。

これは、私が勝手に作った概念だからだ。

『経営と環境の両立』・・・・・・・・、
言い換えれば、
『利益と環境の両立』
実は、これらはお互い相反するもの。

利益を追求すると、環境を損ねてしまいがちだからだ。

『経営と環境の両立』・・・・・・・・・、

私自身、生涯掛けて追い求めたい永遠のテーマである。

VOL8.「経営コンサルタントであり、環境ビジネスコンサルタントである」

「他の環境コンサルさんと何が違うのですか?」

環境業界にいると、
まだ、船井総研をご存知でない方からこのようなご質問を受けることが多い。
環境ISOや環境アセスのコンサルタントの方々と同様に見えるのかも知れない。
あるいは、マッチング(紹介)専門の方々と同様に見えてしまうのかも知れない。

その場合、私は決まってこう言う。
「私は、経営コンサルタントです。
そして、環境業界に特化して、企業経営のコンサルティングを行っています。」

私が言う経営コンサルティングとは、
当たり前ではあるが、企業経営に関するコンサルティングのことであり、
財務や人事・教育・研修等のマネジメント
さらには、営業・販売・売り方等のマーケティング
さらには、企業提携・事業提携・M&A・上場等に関する
コンサルティングのことである。

以上のようなテーマについて、
環境業界に特化してコンサルティングしている。

経営も知らないといけないし、
環境業界にも精通していなければいけない。

世の中には、
経営コンサルタントは数多い。
環境コンサルタントも数多い。

しかし、
経営コンサルタントであり、かつ、環境ビジネスコンサルタントである
という考え方は、船井総研にしかいないだろう。

これは、私が勝手に作った概念だからだ。

『経営と環境の両立』・・・・・・・・、
言い換えれば、
『利益と環境の両立』
実は、これらはお互い相反するもの。

利益を追求すると、環境を損ねてしまいがちだからだ。

『経営と環境の両立』・・・・・・・・・、

私自身、生涯掛けて追い求めたい永遠のテーマである。

2006年11月 6日

VOL7.「バーテンダー」

学生時代は、丸4年間、バイトでバーテンダーをやっていた。
カウンター席が10席、テーブル席は15席、
合わせても25席程度の小さなショットバー。
店員は、マスターともう1人のスタッフと、そして、私。
総勢わずか3人の小さなショットバー。

マスターはほとんど厨房で料理を作っていたので、
カウンター等での接客は私たち2人に委ねられていた。
有名な店でもなく、大手のチェーン店でもなかったので、
一般のお客様がフリーで気軽に入れる店ではなかった。
もっぱら顔馴染みの常連客がほとんど。
20代後半から40代前半のビジネスマン・OLが来てくれていた。
中小企業の社長や個人事業主、一匹狼的な商売人の方も多かった。

当時、私が顔と名前を一致させていたお客様は、500人程度だったと思う。
一生懸命、顧客名簿を付けていたものだった。

常連のお客様が来たら、カウンター席に座ると同時に、
「いつものモノで宜しいですよね?」と言って、
そのお客様がキープしているボトルを取り出して、すでに水割りを作っていたほど、
お客様との距離はかなり近かった。

職場での仕事の話、投資やM&Aの話、株の話、営業・マーケティングの話、・・・・・、
学生の頃からビジネスの話に顔を突っ込んでいた。
カウンター越しに交わされる生々しいビジネスの話は、
学生の私にとってすごく刺激的なものでもあった。
楽しかった。

また、学生の分際で、お客様が主催した合コン?にも、顔を出していた。
今思っても、相当、生意気な学生であった。

私がその店を辞める時には、常連のお客様に「お別れ会?」を開いてもらった。
これは本当に嬉しかった。

私が、工学部原子核工学科を卒業しておきながら、
現在の経営コンサルティングの世界に飛び込んだのは、
このような体験をしていたから。

学生の頃からすでに生々しい経営やらマーケティングやらの話を聞き、
ビジネスの第一線で活躍している経営者等との出会いがあったから。

いやはや“環境”とは恐ろしいものだ。

教育するには、“環境”をいかに作るか・・・・・?
直接的に、「ああだ!こうだ!」と押し付けて詰め込むよりは、
“環境”を与えて自らに考えさせた方が、
圧倒的に、その人の実に成るようである。

「教育とは“環境作り”」と言えそうだ。

VOL7.「バーテンダー」

学生時代は、丸4年間、バイトでバーテンダーをやっていた。
カウンター席が10席、テーブル席は15席、
合わせても25席程度の小さなショットバー。
店員は、マスターともう1人のスタッフと、そして、私。
総勢わずか3人の小さなショットバー。

マスターはほとんど厨房で料理を作っていたので、
カウンター等での接客は私たち2人に委ねられていた。
有名な店でもなく、大手のチェーン店でもなかったので、
一般のお客様がフリーで気軽に入れる店ではなかった。
もっぱら顔馴染みの常連客がほとんど。
20代後半から40代前半のビジネスマン・OLが来てくれていた。
中小企業の社長や個人事業主、一匹狼的な商売人の方も多かった。

当時、私が顔と名前を一致させていたお客様は、500人程度だったと思う。
一生懸命、顧客名簿を付けていたものだった。

常連のお客様が来たら、カウンター席に座ると同時に、
「いつものモノで宜しいですよね?」と言って、
そのお客様がキープしているボトルを取り出して、すでに水割りを作っていたほど、
お客様との距離はかなり近かった。

職場での仕事の話、投資やM&Aの話、株の話、営業・マーケティングの話、・・・・・、
学生の頃からビジネスの話に顔を突っ込んでいた。
カウンター越しに交わされる生々しいビジネスの話は、
学生の私にとってすごく刺激的なものでもあった。
楽しかった。

また、学生の分際で、お客様が主催した合コン?にも、顔を出していた。
今思っても、相当、生意気な学生であった。

私がその店を辞める時には、常連のお客様に「お別れ会?」を開いてもらった。
これは本当に嬉しかった。

私が、工学部原子核工学科を卒業しておきながら、
現在の経営コンサルティングの世界に飛び込んだのは、
このような体験をしていたから。

学生の頃からすでに生々しい経営やらマーケティングやらの話を聞き、
ビジネスの第一線で活躍している経営者等との出会いがあったから。

いやはや“環境”とは恐ろしいものだ。

教育するには、“環境”をいかに作るか・・・・・?
直接的に、「ああだ!こうだ!」と押し付けて詰め込むよりは、
“環境”を与えて自らに考えさせた方が、
圧倒的に、その人の実に成るようである。

「教育とは“環境作り”」と言えそうだ。

2006年11月 3日

VOL6.「原子核工学科」

大学は、私は名古屋大学工学部原子核工学科を卒業した。

理学部の物理学科も考えたが、理論よりも実学を勉強したいと思い、
理学部ではなく工学部を選んだ。

そして、工学部の中でも原子核工学科を選んだ理由は2つ。

?当時では”花形”学科だったから・・・
?全国にも”旧帝大”を含む8校程度しかなく、希少価値の学科であったから・・・

また、名古屋大学を選んだ理由も2つ。

?原子核工学科があったから・・・
?東京(当時は東京在住)から名古屋に行く人は稀であったから・・・

私自身、”寄らば大樹”志向(メジャー志向)ではなく、
生まれつき、”人と違うことをやりたい!”志向(ニッチ志向)の持ち主。

案の定、「なぜ、名古屋?」「なぜ、原子核?」と、
よく聞かれたものだ。

当時の私は、「これからは原子力エネルギーの時代!」
と強く思っていた。

しかし、今では、環境ビジネスコンサルタントとして、
ある意味、全く逆の?自然エネルギーやバイオマスエネルギー等の
新エネルギーを研究しているのだから、人間は分からないものだ。

ただ、当時の原子核工学科での経験が、
今の私の環境ビジネスコンサルタント生活に非常に活かされている。

環境関連の技術的な理解が出来るからである。

そして、これまでの船井総研での経営コンサルティングノウハウと合わせて、
「技術と経営」両面でのノウハウが確立できた。

これまでコンサルティング実績を挙げてこれたのも、その影響がかなり強く、
他のコンサルタントとの決定的な違いだろう。

VOL6.「原子核工学科」

大学は、私は名古屋大学工学部原子核工学科を卒業した。

理学部の物理学科も考えたが、理論よりも実学を勉強したいと思い、
理学部ではなく工学部を選んだ。

そして、工学部の中でも原子核工学科を選んだ理由は2つ。

?当時では”花形”学科だったから・・・
?全国にも”旧帝大”を含む8校程度しかなく、希少価値の学科であったから・・・

また、名古屋大学を選んだ理由も2つ。

?原子核工学科があったから・・・
?東京(当時は東京在住)から名古屋に行く人は稀であったから・・・

私自身、”寄らば大樹”志向(メジャー志向)ではなく、
生まれつき、”人と違うことをやりたい!”志向(ニッチ志向)の持ち主。

案の定、「なぜ、名古屋?」「なぜ、原子核?」と、
よく聞かれたものだ。

当時の私は、「これからは原子力エネルギーの時代!」
と強く思っていた。

しかし、今では、環境ビジネスコンサルタントとして、
ある意味、全く逆の?自然エネルギーやバイオマスエネルギー等の
新エネルギーを研究しているのだから、人間は分からないものだ。

ただ、当時の原子核工学科での経験が、
今の私の環境ビジネスコンサルタント生活に非常に活かされている。

環境関連の技術的な理解が出来るからである。

そして、これまでの船井総研での経営コンサルティングノウハウと合わせて、
「技術と経営」両面でのノウハウが確立できた。

これまでコンサルティング実績を挙げてこれたのも、その影響がかなり強く、
他のコンサルタントとの決定的な違いだろう。





■菊池 功プロフィール

          菊池 功        環境ビジネス
コンサルティングを
ゼロから立ち上げた男!



株式会社船井総合研究所
執行役員
環境ビジネスコンサルティンググループ 部長
菊池 功(きくち いさお)

■株式会社船井総合研究所
 TEL:03-6212-2934
 FAX:03-6212-2943
 Mail:eco-webnet@eco-webnet.com



<出版書籍>
2011年12月16日発売!
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中小企業は「環境ビジネス」で儲けなさい!

『50兆円市場を狙え! 新規事業は「環境ビジネス」で仕掛けなさい!』
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