VOL22.「別れと出会い」
年末年始は、実家の茨城県常陸太田市に里帰りをして、
恒例の墓参りを済ませてきた。
すでに、実父は4年前に他界。
実家には、実母とここ数年寝たきりの祖母の2人が住んでいた。
ところが、今回、私が実家から自宅の横浜に戻った翌日に、祖母が他界した。
なんと、96歳!
年齢が年齢なだけに、老衰だったようで、
苦痛な死ではなく、安らかな眠り、といった感じだったそうだ。
結局、実父が他界してから、この4年間で、
身内、及び、親戚だけで6人が亡くなったことになる。
その都度、私は実家の茨城に帰り、お葬式等に参列したり、墓参りをした。
当たり前だが、その都度、私の実母・実兄弟はもちろん、親戚の方々と会うことになる。
実は、私の場合、実父が他界するまで、
(親不孝にも)あまり実家に帰ることはなかった。
特に、結婚前の20代の頃などは、数年に1回くらいしか帰っていなかった。
(学生の時には、音信不通の時もあった。)
したがって、親戚の方々の中には、小学生以来、一度も会ったことがない方もいた。
そういう方々と葬式等で会うと、
「あらあ、功君だよね?」
と、私が小学生の時に呼ばれていた呼び名で声を掛けてくる。
私の方も、正直、「この人、誰?」と思う時もあるが、
良く見ると、確かに見覚えがある。
思い出した瞬間、すごく懐かしく感じ、
小学生の頃、その親戚の方の所に泊まりに行った思い出や、
海水浴とかに行った思い出が走馬灯のように、
頭の中を駆け巡ったものである。
一方、その親戚の方の家族を良く見ると、
小さな赤ん坊を抱いたお母さんもいる。
「あら?もしかして、アッ子ちゃん?」
私よりも、随分、年下の姪っ子だった。
小学生の頃、良く遊んだ仲でもある。
「あぁ、赤ちゃんを産んだんだ・・・」
アッ子ちゃんに似て、
その赤ん坊は、随分、ふくよかな“赤いほっぺ”をしていた。
皮肉なものである。
葬式で別れをしているのに、
別な新しい出会いがある。
別な新しい命と出会える。
“別れ”と“出会い”・・・・・
“行く人”と“来る人”・・・・・
あぁ、亡くなっていく方は、・・・・・
出会いの場を提供しようとしてるんだろうか?
昔、お世話になった方々と引き合わせようとしているのだろうか?
故郷を忘れるな!ということを伝えようとしているのだろうか?
故郷に対して音信不通の時期が長かった(親不孝の)私には、
そう感じる。
この4年間で6人もの身内・親戚の方々が亡くなったのは、
そのことを分からせる為だったのではないだろうか?
そう感じてならない。
日頃は・・・、
ビジネス!ビジネス!している私だが、
“ビジネスよりももっと大事なこと”を学んでいる気がする。