VOL51.「生まれつきの自然派 その2」
環境ビジネスに関連するコンサルティングをしていると、
「どうして、環境ビジネスのコンサルティングを始められたのですか?」
あるいは、
「よくこのテーマのコンサルティングに着目されましたね?」
と、度々聞かれることがある。
正直、私自身、明確な答を言えない。
誰から聞いたわけでもなく、
他人からアドバイスされたわけでもなく、
何かで一生懸命調べたわけでもない。
将来は有望なビジネスになるだろうと確信して、始めたわけでもない。
こう言うと変に聞こえるが・・・、
“自分の感覚”で始めたものである。
しかし、ありがたいことに、今となっては非常に注目されて、
相談や問い合わせは多いし、取材も多い。
こちらが戸惑うくらい・・・。
さてさて、
「なぜ、環境ビジネスコンサルティングに着目できたか?」
であるが、
それは、やはり、“私の生まれ育ち”に起因するのだろう。
何度となく、このブログでも伝えているが、
私は、茨城県常陸太田市という人口4万人程度の田舎町に生まれた。
北・東・西の三方は山々で囲まれていて、
南は関東平野につながっている農村地帯である。
私は、今でこそ、東京は丸の内に拠点を置いて活動して、
最先端の環境技術や環境ビジネスに接しているが、
要は、“田舎生まれの田舎育ち”である。
私の幼少時の話だが・・・、
私の母の実家は、完全に専業農家で、米作り・野菜作り・果樹作りをしていた。
母屋の隣には、農機具を納める納屋、農産物を貯蔵する蔵もあった。
牛や鶏を敷地内で飼っていて、畜舎もあった。
肥だめもあった。
したがって、母の実家に遊びに行くと、
遊び場は田んぼ・畑・納屋・蔵・畜舎であった。
肥だめは本当に臭かった。
家はかやぶき屋根で、居間には囲炉裏があった。
調理場は土間作りで、ご飯・味噌汁は釜戸炊き、お風呂は薪風呂。
牛がモーモー、鶏がコケコッコー・・・・・・。
葬式でもあれば、火葬ではなく、何と土葬だった。
ご遺体を納めた棺桶を山まで人力で運び上げて、
穴を堀り、その穴に棺桶を納める。
その後、遺族は1人1人、別れを告げながら、
自らの手で棺桶の上に土を掛けていく。
最後には、スコップでその棺桶が見えなくなるまで、土をかぶせていく。
そして、改めて、黙祷・・・・・。
「あぁ、人間は最後には土に帰るんだなあ・・・」
と子供心に思ったものだ。
幼少時の以上のような体験が今の私の土台を作っているようだ。
私は、どうやら“生まれつきの自然派”のようだ。
自然界と一体となった生活、自然と共生した生活を好む。
だから、ビジネスとしても、
環境とか、自然とかに出来る限り近いものを“潜在的に”望んでいたのだろう。
もともと“潜在的に内在”していたのだろう。
したがって、
時流だから・・・とか、
これからは環境の時代だから・・・とか、
LOHASだから・・・とか、
そんな感覚でこの仕事を始めたわけではない。
流行り(はやり)・廃り(すたり)で仕事をしているのではない。
だから、“本音(本心)で”仕事に打ち込めるのだろう。
どんなに困難なこと、イヤなことがあっても、すべてを真正面から受け止めて、
逃げることなく、気持ちが萎えることもなく、前向きに進んでいけるのだろう。
自分で言うのも何だが、“腰が座っているし、腹が据わっている”と思う。
今は、実に楽しく仕事が出来ている。
実にありがたいことである。