VOL65.「墓参り」
今年も、先週のお盆休みを利用して、
家族と共に、実家の茨城に帰り、墓参りをしてきた。
当たり前であるが、この時期には、必ず、行っているものである。
ところで、私は霊的な存在を信じている方だ。
別に、ある特定の宗教を信仰しているわけではなく、
また、霊感なんてのは全くなく、霊体験を経験したことはない。
最近では、スピリチュアルという言葉も一般的になって、
テレビ番組もやっているくらいだが、
特に、最近、急に興味を持ち出したわけでもない、
まあ、昔から、霊的な存在はあるのだろうなあ、とは思っていた。
守護霊とか、自然霊とか、動物霊とか、あるいは、前世の存在とか・・・
人間の死は肉体の死であって、魂の死ではない、魂は不滅である・・・とか・・・
まあ、自分では体験したことや実際に見たことはないので、
“信用する”と言うよりも、“否定できない”と言った方が正しいかもしれない。
私は理系出身・工学出身なので、物理・数学は得意だったが、
数学の世界では、“虚数(i)”という概念がある。
i=ルートマイナス1
iの2乗=−1
中学の数学でも習う、あの“虚数(i)”である。
この“虚数”に対して、私たちが普段使っているのが実数。
実数がオモテ(現実)の世界の数字だとすれば、
虚数はウラ(非現実)の世界の数字だと言える。
虚数という数字は、普段の生活では使わないからだ。
“実数”に対して、“虚数“・・・
“オモテ”に対して、“ウラ”・・・
“プラス”に対して、“マイナス”・・・
“男”に対して、“女”・・・
“物質”に対して、“精神”・・・
あらゆる存在は、左右バランス取れた対称形(シンメトリー)であることを考えれば、
実世界に対する霊世界があっても不思議ではないのだろう。
今の時代は、まさに資本主義時代、つまりは、物質主義時代。
『物質が精神を凌駕した』時代。
しかし、これからは、精神主義時代で、
『精神が物質を凌駕する』時代になる?のかもしれない。
物質に囚われない精神のあり方(持ち方)で、
その人の幸せ・不幸せが決まっていきそうな感じがする。
実家に帰り、毎年恒例の墓参りをして、ふと、このような思いになってしまった。
(改めて伝えておくが、私自身は、特定の宗教信仰家でもなければ、霊能崇拝者でもない)
皆さんは、精神世界をどう感じ取られているのだろうか?